ローラン・ビネ『HHhH プラハ、1942年』(高橋啓訳)感想 〈歴史〉を〈物語ること〉の倫理 それは〈ここのいま〉から遠く隔たった地点で起こった。 作戦名は「エンスラポイド(類人猿)作戦」。第二次世界大戦の最中、大英帝国政府とチェコスロバキア駐英亡命政府により計画された、ナチス・ドイツのベーメン・メーレン保護領(チェコ)の統治者ラインハルト・ハイドリヒの暗殺作戦のコードネームである。「死刑執行人」「金髪の野獣」「第三帝国でもっとも危険な男」、ラインハルト・ハイドリヒ。「HHhH」とは「Himmlers Hirn heiβt Heydrich」の頭文字で、日本語訳すると「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」となるそうだ。 悪名高い「ラインハルト作戦」というコードネームからも分かる通り、ラインハルト・ハイドリヒはユダヤ人政...2019.01.19 11:10外国文学純文学読書
長嶋有『三の隣は五号室』感想 部屋と引っ越しと人生と 三月も終わり。「二月は逃げ、三月は去る」とはよく言ったものだ。「春は出会いと別れの季節」っていうけれど、逆じゃないですか?「春は別れと出会いの季節」でしょう!三月の終わりの冬から春になる時に特有のあのにおいが僕は苦手です。おセンチになっちゃう。 とまあ、こんな三月の終わり、春という季節にぴったりな本を読んだ。『三の隣は五号室』です。以下、あらすじと冒頭引用。今はもういない者たちの、一日一日がこんなにもいとしい。 傷心のOLがいた。秘密を抱えた男がいた。 病を得た伴侶が、異国の者が、単身赴任者が、 どら息子が、居候が、苦学生が、ここにいた。 ――そして全員が去った。それぞれの跡形を残して。 変な間取りだと三輪密人はまず...2017.03.20 17:36純文学読書
舞城王太郎作『ディスコ探偵水曜日』感想 愛の神話 「『この世の出来事は全部運命と意志の相互作用で生まれるんだって、知ってる?』」。迷子専門の米国人探偵ディスコ・ウェンズデイは、東京調布市で、六歳の山岸梢と暮らしている。ある日、彼の眼前で、梢の体に十七歳の少女が<侵入>。人類史上最大の事件の扉が開いた。魂泥棒、悪を体現する黒い鳥の男、円柱状の奇妙な館に集いし名探偵たちの連続死――。「お前が災厄の中心なんだよ」。ジャスト・ファクツ! 真実だけを追い求め、三千世界を駆けめぐれ、ディスコ!! 今とここで表す現在地点がどこでもない場所になる英語の国で生まれた俺はディスコ水曜日。Disとcoが並んだファーストネームもどうかと思うがウェンズデイのyが三つ重なるせいで友達がみんなカウボーイの「イ...2017.02.15 17:32純文学ミステリ読書
今村夏子作『こちらあみ子』感想 ふと、思い出すことがある。 たとえば、カオナシ。 小学校の頃、友達に「面白いから見た方がいいよ!!」と言われ、家族で観に行った「千と千尋の神隠し」。それはそれは本当に怖かった、ダメだった。「大丈夫だ、この車は四駆だからな!」~豚になる両親~夜。体が半透明の「カオナシ」。そこまで見た時、ぼくは耐えられなくなって、親に連れられて映画館の座席を立った。 その日以来、「カオナシ」がぼくの生活に陰を指すようになる。トイレの扉を開けて用を足した。鏡は極力見ないようにした。布団を頭まで被って寝た。暗闇はすぐさま照らした。目をつむるのを極力避けた。 たとえば、自分。 小学校に上がる前、だったと思う。母親に泣きついたことがある。「どうして自分はみる...2017.01.29 07:40純文学読書
松田青子作『スタッキング可能』感想 働き始めて早7カ月。もうそんな経ったの?という気持ちとまだそれしか経ってないの?という気持ちと。仕事って大変、と思うことのほとんどは人間関係だ。もちろん、業務自体を手を抜いているというわけではないけれど、仕事して疲れた~、酒のみてー、タバコ吸いて―、となるのは、主に職場の人間関係からくる気疲れだ。 そう、「仕事」にではなく、「人間」に疲れている。 その原因は「同調圧力」とか「空気を読む」とかなのかもしれない。 以下、『スタッキング可能』のあらすじと冒頭引用です。5階A田、6階B野、4階C川、7階D山、10階E木……似ているけれどどこか違う人々が各フロアで働いているオフィスビル――女とは、男とは、会社とは、家族とは……同調圧力に溢れ...2016.11.20 17:21純文学読書
綿矢りさ作『蹴りたい背中』感想 なんか、教養として、現代文学の有名作品を読んでおかねば、という気持ちになった。というわけで第一弾、綿矢りさ『蹴りたい背中』です。最年少芥川賞受賞で、世間を賑わした本作品。天邪鬼の私は、世間で賑わってるものは読みたくない人だったので、読んでいませんでした。そのこと、非常に後悔しております。 以下、あらすじと冒頭引用。”この、もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい”長谷川初実は、陸上部の高校1年生。ある日、オリチャンというモデルの熱狂的ファンであるにな川から、彼の部屋に招待されるが…クラスの余り者同士の奇妙な関係を描き、文学史上の事件となった127万部のベストセラー。史上最年少19歳での芥川賞受賞作。 さびしさは鳴る。耳が痛くなる...2016.08.28 06:56純文学青春読書
村田沙耶香作「コンビニ人間」感想 コンビニってのはすごく便利っすよね。マジでなんでもそろってる。小腹が減った時の食料から、替えのパンツ、髭剃りまで。旅行行くのにも何か用意して、なんて手間がなくなった。もう、コンビニなしでは生きられない。 平成二十八年上半期芥川賞受賞作、『コンビニ人間』の感想になります。以下、あらすじと冒頭引用。36歳未婚女性、古倉恵子。大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。これまで彼氏なし。日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ!」の掛け声が、毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。ある日、婚活目的の新入り男性、白羽がやってきて、そんなコンビニ的生き方は恥ずかしいと突きつけられ...2016.08.20 20:12純文学読書
滝口悠生作「死んでいない者」感想、そして読書するということ 平成27年下半期芥川賞受賞作品のもう一つの方、滝口悠生の「死んでいない者」の感想を綴ろうと思ふ。秋のある日、大往生を遂げた男の通夜に親類たちが集った。子ども、孫、ひ孫たち30人あまり。一人ひとりが死に思いをめぐらせ、互いを思い、家族の記憶が広がってゆく。生の断片が重なり合って永遠の時間がたちがある奇跡の一夜。第154回芥川賞受賞作。 こちらはかきだしになりまふ。 押し寄せてきては引き、また押し寄せてくるそれぞれの悲しみも、一日繰り返されていくうち、どれも徐々に小さく、静まっていき、斎場で通夜の準備が進む頃には、その人を故人と呼び、また他人からその人が故人と呼ばれることに、誰も彼も慣れていた。 なんだか、文学賞を「あてにならない」...2016.05.16 14:28雑感純文学読書
本谷有希子作「異類婚姻譚」感想 もう、さすがに芥川賞受賞作ぐらい読んでおかないと。そんな思いから『文藝春秋』の今月号(2016年3月号)を買った。2作とも全文掲載されているので非常にお得。選評も全部載ってるしね。と、いうわけで、本谷有希子作「異類婚姻譚」を読みました。感想を綴りたいと思います。以下、あらすじと冒頭引用ですです。「ある日、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気が付いた。」――結婚4年の専業主婦を主人公に、他人同士が一つになる「夫婦」という形式の魔力と違和を、軽妙なユーモアと毒を込めて描く。 ある日、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気が付いた。 誰に言われたのでもない。偶然、パソコンに溜まった写真を整理していて、ふと、そう思っ...2016.03.05 06:24純文学読書
イーユン・リー作『独りでいるより優しくて Kinder Than Solitude』(篠森ゆりこ訳)感想 ケン・リュウの『紙の動物園』を読んでから、中国系アメリカ人の作品が気になるようになってしまい、書店でぶらぶらしてた時に目についたイーユン・リーという名前に惹かれ、購入した一冊。あと、とても装丁が綺麗。2015.10.23 02:39外国文学純文学青春読書
舞城王太郎作『ビッチマグネット』感想 帰省時の読書は格別である。鈍行で5時間から長い時は6時間かけて帰るその旅路のお供は、やはり読書だ。読書がしたいがために時間のかかる鈍行での帰省を選択しているといっても過言ではない。また、電車の中での読書は僕の中で強く印象に残るものが多い。例えば、塩尻駅で受けた法条遥作『リライト』の衝撃、小淵沢駅で人間関係についていろいろ考えさせられた最果タヒ作『かわいいだけじゃない私たちの、かわいいだけの平凡。』など、忘れられない体験になりがちである。上京の時ではなく、帰省の時しか印象に残る読書がないのはなぜなのだろう。よくわからない。そして、今回の帰省でも印象に残る読書ができた。それが舞城王太郎作『ビッチマグネット』である。以下、あらすじ引用。...2015.08.13 01:19純文学読書