遠野遥『破局』感想 コンプライアンス・ゾンビとしてのぼくら 研修で講師が言っていた。「コンプライアンスは今後、さらに重要になってくるでしょう。コンプライアンスは狭義には法令遵守ですが、現在はさらに広義に捉える必要があります。法令を守るだけではなく、”世間”が納得し、理解を示してくれるよう、説明責任を果たしていく、そのことが運営において大切なのです」 その後様々な判例を持ち出し、この場合は無罪、この場合は有罪だったと守るべき世間の目の代表としての裁判官の判決を紹介した。そのほとんどは有罪であって被告側、つまり運営側に過失があったという判決である。それぞれの判例にはしょーじき納得できないようなものも混じっていたが、判決が出て、判例という「規範」が示されてしまった以上、「遵守」するほかない。有罪...2020.10.04 10:59読書
宮内悠介『偶然の聖地』感想 あたまでっかちで世間知らずの旅 今、テレビで芸能人の作品を「才能アリ」だとか「才能ナシ」だとか判定している。「才能」……こういうテレビを見ていると「才能」とは相対的なものである気がしてくる。俳句の権威が「この句は良い」と言うから「才能アリ」、生け花の権威が「この生け方はダサい」と言うから「才能ナシ」、権威あるだれかに認められてこそ「才能」なるものは見出される。でもしょうがないのかもしれない、ぼくは「才能」を絶対的なものとして捉えたいけれど(うちの子はやっぱり天才!!、みたいに)、そう信じているぼくだって勝手に他人と比較して自分に「才能ナシ」の烙印を押している。 車の試乗に付き合わせた友人に「お前の運転の練習がてら明日旅行行こうぜ、明日暇?」と誘われた。よっぽど下...2019.05.02 14:31雑感読書SF
ローラン・ビネ『HHhH プラハ、1942年』(高橋啓訳)感想 〈歴史〉を〈物語ること〉の倫理 それは〈ここのいま〉から遠く隔たった地点で起こった。 作戦名は「エンスラポイド(類人猿)作戦」。第二次世界大戦の最中、大英帝国政府とチェコスロバキア駐英亡命政府により計画された、ナチス・ドイツのベーメン・メーレン保護領(チェコ)の統治者ラインハルト・ハイドリヒの暗殺作戦のコードネームである。「死刑執行人」「金髪の野獣」「第三帝国でもっとも危険な男」、ラインハルト・ハイドリヒ。「HHhH」とは「Himmlers Hirn heiβt Heydrich」の頭文字で、日本語訳すると「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」となるそうだ。 悪名高い「ラインハルト作戦」というコードネームからも分かる通り、ラインハルト・ハイドリヒはユダヤ人政...2019.01.19 11:10外国文学純文学読書
木下龍也・岡野大嗣『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』感想 特別な一週間(7/1~7/7)が終わり、二人の男子高校生はもういない。でも、えてして振り返って思い出すのは、特別な日が終わった後のことである。だから、7日の次の日の今日7/8に、歌集『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』の感想をまとめておきたい。木下龍也×岡野大嗣 最注目の新世代歌人、初の共著 男子高校生ふたりの七日間を ふたりの歌人が短歌で描く物語 217首のミステリー 木下と岡野は同じ時期に歌を詠み始め、山口と大阪という離れた場所にありながら当初から互いを意識し、影響を受け、高めあってきました。第1歌集が共に4刷をこえるなど、新世代最注目の若手歌人です。 本書では、そのふたりがそれぞれ男子高校生に...2018.07.08 05:31詩青春ミステリ読書
宮内悠介作『ヨハネスブルグの天使たち』感想ヨハネスブルグに住む戦災孤児のスティーブとシェリルは、見捨てられた耐久試験場で何年も落下を続ける日本製のホビーロボット・DX9の一体を捕獲しようとするが――泥沼の内戦が続くアフリカの果てで、生き延びる道を模索する少年少女の行く末を描いた表題作、9・11テロの悪夢が甦る「ロワーサイドの幽霊たち」、アフガニスタンを放浪する日本人が”密室殺人”の謎を追う「ジャララバードの兵士たち」など、国境を超えて普及した日本製の玩具人形を媒介に人間の業と本質に迫り、国家・民族・宗教・戦争・言語の意味を問い直す連作5篇。才気煥発の新鋭作家による第2短篇集。 誠と璃乃と出会ったのは五歳のときだ。以来二人はいつでも一緒にいた。東京の北のさびれた団地に、学年あ...2017.05.15 02:53読書SF
長嶋有『三の隣は五号室』感想 部屋と引っ越しと人生と 三月も終わり。「二月は逃げ、三月は去る」とはよく言ったものだ。「春は出会いと別れの季節」っていうけれど、逆じゃないですか?「春は別れと出会いの季節」でしょう!三月の終わりの冬から春になる時に特有のあのにおいが僕は苦手です。おセンチになっちゃう。 とまあ、こんな三月の終わり、春という季節にぴったりな本を読んだ。『三の隣は五号室』です。以下、あらすじと冒頭引用。今はもういない者たちの、一日一日がこんなにもいとしい。 傷心のOLがいた。秘密を抱えた男がいた。 病を得た伴侶が、異国の者が、単身赴任者が、 どら息子が、居候が、苦学生が、ここにいた。 ――そして全員が去った。それぞれの跡形を残して。 変な間取りだと三輪密人はまず...2017.03.20 17:36純文学読書
舞城王太郎作『ディスコ探偵水曜日』感想 愛の神話 「『この世の出来事は全部運命と意志の相互作用で生まれるんだって、知ってる?』」。迷子専門の米国人探偵ディスコ・ウェンズデイは、東京調布市で、六歳の山岸梢と暮らしている。ある日、彼の眼前で、梢の体に十七歳の少女が<侵入>。人類史上最大の事件の扉が開いた。魂泥棒、悪を体現する黒い鳥の男、円柱状の奇妙な館に集いし名探偵たちの連続死――。「お前が災厄の中心なんだよ」。ジャスト・ファクツ! 真実だけを追い求め、三千世界を駆けめぐれ、ディスコ!! 今とここで表す現在地点がどこでもない場所になる英語の国で生まれた俺はディスコ水曜日。Disとcoが並んだファーストネームもどうかと思うがウェンズデイのyが三つ重なるせいで友達がみんなカウボーイの「イ...2017.02.15 17:32純文学ミステリ読書
ラビンドラナート・タゴール作「いまから百年のちに」(森本達雄編訳『原典でよむ タゴール』より)感想 この記事を読まれる皆様におかれましては、ラビンドラナート・タゴールという詩人をご存知であろうか。2017.02.13 12:24外国文学詩読書
今村夏子作『こちらあみ子』感想 ふと、思い出すことがある。 たとえば、カオナシ。 小学校の頃、友達に「面白いから見た方がいいよ!!」と言われ、家族で観に行った「千と千尋の神隠し」。それはそれは本当に怖かった、ダメだった。「大丈夫だ、この車は四駆だからな!」~豚になる両親~夜。体が半透明の「カオナシ」。そこまで見た時、ぼくは耐えられなくなって、親に連れられて映画館の座席を立った。 その日以来、「カオナシ」がぼくの生活に陰を指すようになる。トイレの扉を開けて用を足した。鏡は極力見ないようにした。布団を頭まで被って寝た。暗闇はすぐさま照らした。目をつむるのを極力避けた。 たとえば、自分。 小学校に上がる前、だったと思う。母親に泣きついたことがある。「どうして自分はみる...2017.01.29 07:40純文学読書
伊藤計劃作『虐殺器官』感想 ママと赦しを求めて あけましておめでとう!今更!!! 当然のようにネタバレあるのでご注意を。でも、ラストの展開を知ることによってカタルシスが消滅するような小説ではないので、その点はご安心を(何を?)9・11以降の、”テロとの戦い”は転機を迎えていた。先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう……彼の目的とはいったいなにか?大量殺戮を引き起こす”虐殺器官”とは?ゼロ年代最高のフィクション、ついに文庫化! 泥に深く穿たれたトラックの轍に、ちいさな女の子が顔を突っ込んでいるのが見えた。...2017.01.27 03:28読書SF
文月悠光作『わたしたちの猫』感想 冬はあたたかい。。。 めりーくりすます!! 僕がサンタクロースなら、プレゼントに贈りたい本はこんな本。人の心には一匹の猫がいて、そのもらい手を絶えず探している。自分で自分を飼いならすのはひどく難しいから、だれもが尻尾を丸め、人のふりして暮らしている。 恋する私たちを描く、文月悠光の第3詩集。 今年の10月に発売された本作。しかし、この詩たちに触れるなら冬が一番だ。 詩人たちの季節感なるものがなんかわからないけれど、僕はどうしても目についてしまう。そうなるとどうしても自分の読み方はかなり恣意的になるのだけど(それを自覚しているけれど)、でもそれでよい気がする。 文月さんの描く「恋」は基本的に「うまくいかない」ものとして描かれているように思える。 そう、...2016.12.24 16:44詩読書