イーユン・リー作『独りでいるより優しくて Kinder Than Solitude』(篠森ゆりこ訳)感想

 ケン・リュウの『紙の動物園』を読んでから、中国系アメリカ人の作品が気になるようになってしまい、書店でぶらぶらしてた時に目についたイーユン・リーという名前に惹かれ、購入した一冊。あと、とても装丁が綺麗。

 最近は、装丁による衝動買いが増えてきていて、いいのか悪いのか。黒い表紙の奴は大抵好き。そんなわけで紹介文引用。写真にも出てるけど。


一人の女子大生が毒を飲んだ。自殺か他殺か、あるいは事故なのか。事件に関わった当時高校生の三人の若者は、その後の長い人生を毒に少しずつ冒されるように壊されていく――
ある女子大生が被害者となった毒物混入事件を核に、事件に関係した当時高校生の3人の若者が抱えつづけた深い孤独を描く。中国の歴史の闇を背景に、犯罪ミステリーの要素も交えた傑作。


 書き出し。


 泊陽(ボーヤン)はこれまで、人は深い悲しみを知ると凡庸でなくなると思っていた。しかし火葬場の控え室はよそと変わらないところだった。人々が我先に対応を求めたり、他人にいい話を持っていかれたんじゃないかと猜疑心にかられたりするところは、市場や株取引を思わせる。ある男は肩で彼を押しのけ、同じ用紙を何枚も取ろうとしていた。火葬するのは一体しかないだろうよ、と泊陽が腹の内で笑うと、男はにらみ返してきた。まるで身内を喪ったせいで、作ってもいない貸しを世間から取り返す権利でもできたかのように。


 物語の核として、一人の女子大生・少艾(シャオアイ)の死がある。しかし、それは物語終盤まで真相が明かされないものの、『独りでいるより優しくて』は、それを究明しようと進んでいくミステリーとしての面が中心ではない。シャオアイの死(しかも毒によるもの)がもたらした変化を主人公たち三人、ボーヤン、黙然(モーラン)、如玉(ルーユイ)の心理描写から描く。


 訳者によるあとがきと、帯に付されているサルマン・ラシュディのコメント、


イーユン・リーの文章はうわべは静謐なように見えるが、実は主人公たちの悲しみ、痛み、悲劇をたたえている。三人それぞれが過去の記憶によって、ある種の壊れた孤立状態に追い込まれる。リーの描く登場人物たちは荒涼とした美しさを帯びており、彼らの運命に、そして毒を盛られた女性をめぐる謎に、読者は感情を揺り動かされてしまう。それは三人全員の生き方を決定づけた、というより、歪ませたかもしれない犯罪だ。非常に優れた小説である。


が秀逸すぎて、あまり書くことがない、、、。せつない。


 普段、一人称視点の小説を多く読んでいるからか、三人称視点で描かれるこの小説に慣れるまで、時間がかかった。会話文を挟み、そのセリフを言った人物の心中に描写が急にクローズアップされるので、その構造に慣れるまで誰の心の中を覗いているのか、混乱することが多々あった。日本の(最近の)小説ではあまり三人称視点の小説をお目にかかることが自分にはなかったので、新鮮であり。これを文化の違い、と言えるかどうかはわからない。


 何を言っても、訳者あとがきとサルマン・ラシュディのコメントをなぞるだけのような気がするが、かまわず私見を。


 シャオアイが毒を盛られて、もしくは、自ら毒を飲んで、たまたま毒を飲んでしまって、シャオアイが死ぬまで、21年もの歳月が流れる。シャオアイの葬儀の場面から本書ははじまり、現在の三人の主人公の暮らしと、21年前のシャオアイを加えた四人が同じ中国・北京で暮らしていた時の話が交互に描かれる。


 そうした中で、変化に一番びっくりするのは、モーランだろう。他人にも、そして自分にも、幸せを願わずにはいられない彼女は、事件後、自らの殻に潜り込み、自分の作った世界(妄想)との対話しか行わない。「あなたは幸せ?」と、聞くことをいとわなかった平凡な彼女は、自責の念と罪悪感、そして平凡であったからこそ、周囲の大人たちから責められ、殻に閉じこもらざるをえない。


 そんな彼女が、シャオアイの死をきっかけに、自分を蝕む孤独という毒を解毒することができるのだろうか。解毒の可能性を匂わせつつ、物語は幕を閉じる。タイトル、『独りでいるより優しくて(Kinder Than Solitude)』に帰ってくる。本書はモーランの物語、なのだろうか。


 ルーユイの存在も、大きい。ルーユイだけは、子供時代からぶれずにいるように思える。ルーユイのように、自分は周囲にまったく興味はないのに、周囲にはからずして多大な影響を与えてしまうような人物は怖い。常に超然としているルーユイをうらやましくかっこいいと思いつつも、近づいてはいけないような、読者にまで恐怖を抱かせる彼女は、本当に恐ろしい。


 孤独にならざるを得なかった、自ら孤独を生き方として選んだ、そんな彼女らの心の機微を、中国とアメリカという舞台との、それぞれの文化圏で暮らす人物との、そして何をとっても親しかった者の身に起きた毒混入事件との関係から鮮やかに、そして優しく描き切った、爆発しそうな感情を秘めた静かな小説でした。

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