ケン・リュウ作『紙の動物園』(古沢嘉道編・訳)感想

 又吉直樹フィーバーがすさまじい。この本の売れない時代に文芸春秋の(あの文芸春秋の!)本が売れすぎで書店にない、みたいなことはこの先、あるだろうか。もちろん、『火花』のことである。異常であることは間違いない。

 

 そんな又吉直樹さんがテレビ番組「アッコにおまかせ!」でアッコさんにおすすめの本を聞かれて答えた本が、ケン・リュウ作『紙の動物園』である。以下、紹介文引用。


ぼくの母さんは中国人だった。母さんがクリスマス・ギフトの包装紙をつかって作ってくれる折り紙の虎や水牛は、みな命を吹きこまれて生き生きと動いていた……。ヒューゴー賞/ネビュラ賞/世界幻想文学大賞という史上初の3冠に輝いた表題作ほか、地球へと小惑星が迫り来る日々を宇宙船の日本人乗組員が穏やかに回顧するヒューゴー賞受賞作「もののあはれ」、中国の片隅の村で出会った妖狐の娘と妖怪退治師のぼくとの触れあいを描く「良い狩りを」など、怜悧な知性と優しい眼差しが交差する全15篇を収録した、テッド・チャンに続く現代アメリカSFの新鋭がおくる日本オリジナル短篇集。


 表題作書き出し。


 ぼくの一番最初の記憶は、ぐずぐず泣いているところからはじまる。母さんと父さんがどんなになだめようとしても、泣くのをやめなかった。
 父さんは諦めて寝室から出ていったけど、母さんはぼくを台所につれていき、朝食用テーブルにつかせた。「看、看」そう言うと母さんは、冷蔵庫の上から一枚の包装紙を引っ張って手に取った。永年、母さんはクリスマス・ギフトの包装紙を破れないよう慎重にはがし、冷蔵庫の上に分厚い束にして溜めていた。
 母さんは紙を裏がえしてテーブルに置くと、折りたたみはじめた。ぼくは泣くのを止め、興味津々の面持ちでその様子をうかがった。


 まず、ヒューゴー賞/ネビュラ賞/世界幻想文学大賞の3冠がどれくらいすごいことなのかを、説明しよう。それぞれの賞の概要をウィキペディアから引用いたしますと、


ヒューゴー賞

1953年の世界SF大会(ワールドコン)において創設された。現存する中で最も歴史の古いSF・ファンタジー文学賞である。アカデミー賞をヒントとして提案され、アメリカSF界の功労者であるヒューゴー・ガーンズバックにちなんだ「ヒューゴー賞」というニックネームが与えられた。


ネビュラ賞

アメリカSFファンタジー作家協会 (SFWA) が主催し、アメリカ合衆国内で前暦年に刊行された英語のSF(スペキュレイティブ・フィクション)/ファンタジー作品を対象に授与する文学賞。ネビュラとは星雲のこと。


この両者に関して、


SF・ファンタジー作品に与えられる賞としてはヒューゴー賞と知名度を二分する。ヒューゴー賞は(ワールドコンに登録した)ファンの投票によって選ばれる賞であるのに対し、ネビュラ賞はSFWA会員(作家、編集者、批評家など)の投票によって選ばれる点が異なる。


と、説明されている。ネビュラ賞も歴史が古く、1966年から行われていて、この二つの賞を受賞するということは大変栄誉あることなのだ。読者と本に携わる仕事の人の両方から評価をもらった証明である。


 そして、世界幻想文学大賞は

1975年に創設された、ファンタジー作品を対象としたアメリカ合衆国の文学賞。SFやホラーも視野に入れている。スペキュレイティヴ・フィクションに与えられる賞としては、ヒューゴー賞・ネビュラ賞に並ぶ三大賞のひとつと見なされている。


と、いうわけで、「紙の動物園(The Paper Menagerie)」はSFとして最高峰の評価をアメリカでもらっている作品なのだ。そんな作品を遠く離れた日本で読めるということは幸せなことに違いない。ありがとう、翻訳家の古沢嘉道さん、ありがとう、又吉直樹さん。僕がたまたま「アッコにおまかせ!」をあの時見てなかったら、買うことはなかっただろうと思う。


 本書には全15篇の短編が収録されている。そのすべてがとってもあったかい。文章から伝わってくる暖かさは、随一であると思う。じんわりじんわり体に染み入ってくる感覚は、とても心地よかった。ケン・リュウの作品を読むことは、優しさと切なさを燃やした暖炉の前でその火を眺めながら暖まっているようなものだ。


 壮大なスケールのSF的アイデアを用いつつも、物語との距離感をあまり感じなかったのは、大半の短編が一人称視点で描かれていたからだろうか。主人公たちにとってその壮大なスケールのSF的アイデアは当たり前のことであることがその一人称視点から語らずとも僕たちに伝わる。SF的アイデア〈を〉物語にするのではなく、SF的アイデア〈で〉物語を紡ぐのは、難しい芸当ではないか。ケン・リュウ作品はSF的アイデアが登場人物たちの心象を描く装置として、控えめに(けれど必要不可欠でありながら)存在している。


 作者のケン・リュウは中国生まれ。物心ついてからアメリカへと移住し、弁護士やシステムエンジニアを経て作家となる。そんな彼だからこそ、アジアとアメリカの関係や、中国の文化、それに対するアメリカの印象、SEらしいSF的アイデアなど、物語の中に取り入れることができるのだろう。


 特に好きなのは、「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」と「文字占い師」。二つの作品に関係性は全くない。僕の心の中になんで残ったのか、説明し始めるとまたかなり長くなってしまうような気しかしないので、ここでは割愛する。ぜひ手に取って!後悔は絶対にしない!保証します!


 ちなみに、新☆ハヤカワ・SF・シリーズはポケット・ブック判で、なんと、本の小口がすべて茶色に手塗りされているのである。


 おしゃれ!持ち歩いていても全然恥ずかしくない、むしろ、積極的に見せつけていきたいタイプの本なので、あなたの本棚にも一冊、どうですか????

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