天然ジゴロ、という言葉を知ったのは漫画『ハヤテのごとく!』だったろうか。主人公の綾崎ハヤテが意図せず周囲の女の子をおとしていく様を、登場人物が「天然ジゴロ」と称していたわけだけど、中一純情ボーイだった僕は意味が分からなかった。ちなみに、『ハヤテのごとく!』公式ホームぺージを見ていたら、三千院家のメイド、マリアが17歳である、という記述をみつけて、泡吹いてぶっ倒れている。
というわけで、かなり強力な天然ジゴロが登場する『スカルブレーカ The Skull Breaker』(以下『スカル・ブレーカ』)です。以下、あらすじ引用。
生きるとは負け続けること、死ぬとはもう負けぬこと――侍同士の真剣勝負に出くわし、誤解から城に連行されたゼン。彼を待っていたのは、思いもよらぬ「運命」だった。旅を続けながらさらなる高みを目指す若き剣士は、ついに師、そして自らの過去に迫る。
書き出し。
海と山ばかり、あるいは小さな里を遠くに見て歩く日が続いたのち、大きな川を船で渡った。その川には、船が沢山浮かんでいた。船ともいえないものも浮かんでいた。最初はよくわからなかったが、近くへ流れてきたものを見ると、それは太い樹のようだった。枝はなく、樹の幹だけである。そのように浮かべているのか、それとも、流しているのかわからない。それが沢山ある。大風などで山で倒れたものが流れてきたのではない。それは、樹の端の形でわかる。人間が切ったものだ。切り口が人の背丈もあろうかという太さのものもあった。そんな大木を切ったのだから、よほどの苦労があったと想像できる。それが何本も川を流れているのだ。
『スカル・ブレーカ』はいわゆる〈ヴォイド・シェイパ〉シリーズの第3作目。文庫だと今までに『ヴォイド・シェイパ The Void Shaper』と『ブラッド・スクーパ The Blood Scooper』が刊行されている。単行本では現在(2015/9/21)、第5作目まで刊行されています。
物心ついた時から師であるスズカ・カシュウと二人、山奥で修行に励んでいた(励まざるを得なかった)ゼンノスケ、通称ゼン。その師であるカシュウが死んだことにより、山を下り、強さを求める旅が始まる。そんな感じで始まる〈ヴォイド・シェイパ〉シリーズだが、解説でも書かれている通り、シリーズに共通する登場人物はゼンの回想に出てくるカシュウ、なぜかゼンにつきまとう三味線弾きのノギぐらいなので、3作目である『スカル・ブレーカ』から読んでも問題はないだろう。
侍が主人公であるけれども、舞台は江戸時代。世はまさに太平。侍は人を斬ることが仕事だから、太平の世においては仕事がなく、権威のみが残った世の中において、ゼンは侍として旅を続ける。ゼンはカシュウの遺言に従い山を下りただけであり、後付けの理由で強さを求めてはいるが、確立された目的意識は全くない。そんな旅路で、ゼンは何を思うのか、考えるのか。〈ヴォイド・シェイパ〉シリーズの見どころです。
ゼンは物心ついた時からずっと山で生活をしていたため、’’世の中’’の常識をしらない。ずっと従うべき師と二人きりで過ごしていたのである。会話の相手は自分だった。だからこそ、書き出しのように、世の中で起こっていることを綿密に観察し、意図を推察する。’’当たり前のこと’’を自分なりに当たり前である理由を考察する。ゼンにとってそれは’’当たり前’’ではないのだから。
何が正しいのか、誤りなのか。何が悪で、何が善か。生とは何か、そして死とは。様々な人と出会いながら、そして何より剣をふるいながら、思索を深めていく。ゼンとともに、’’当たり前’’を見直すことも、現代においては必要な気がする。
森博嗣さんの文章はスピード感がある。それが顕著なのは〈スカイ・クロラ〉シリーズだろうか。戦闘機同士の戦いの場面は息つく暇を感じさせない。活字のみなのにもかかわらず、だ。〈ヴォイド・シェイパ〉シリーズでもそれは健在で、ゼンが刀を握る時、スピード感とともに、なにか気高さを感じさせる。
僅かに二度ふっただけで、もう今朝のことは断ち切られた。
己の剣は、ここにあるのだ。
そう……。
立ち向かおう。
いつも、命を懸けて、ただ剣を振れば良い。
生きているから、恐くなる。
しかし、剣を持てば、もはや生きた心地は消える。
だから、恐くない。
稽古の場面なのに、このカッコよさ。ゼン様、、、!!!どこか浮き世離れしたゼンは本当に無意識にいつの間にか女を墜としている。天然ジゴロ、ここに極まれり!
『スカル・ブレーカ』では今まで人付き合いをただ煩わしいものと考えていたであろうゼンが、ラスト、ノギと他愛の話をして笑みを浮かべていたシーンが印象深い。ゼンにとってこの変化は、プラスなのだろうか、マイナスなのだろうか。今まで謎に包まれていたゼンの出自が断片的に明らかになった今回。この先、ゼンは何を見て、何を考えるのだろうか。続きが楽しみである。
それにしても、中央公論新社の森博嗣作品の単行本装丁はとっても綺麗である。
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