佐藤多佳子作『第二音楽室』感想

 学校の音楽室ってところは不思議な場所で、そもそもにおいが違うし、たくさんの楽器があって、学校という日常の中でも非日常を提供してくれる場所だったような気がする。


 小学校ではクラブ活動は金管バンドしかなかった。小4から入ることができて、パレードとかできた。一年でやめたけど、続ければよかったかなあ。何でやめたのかは覚えてない。ちなみに担当はチューバでした。


 中学校では友達と給食の準備の時間に(給食当番じゃない時に)ピアノを弾きにいった。つたない演奏だけど、「英雄ポロネーズ」、「熱情」の一節とか、「悲愴」とか。うまいうまいって言ってくれたし、音楽室の先生にも褒められた。なんだか秘密の時間と空間を共有しているようで、だから毎日のように音楽室に顔を出した。音楽の先生が同僚の先生に怒られたと報告してくれるまで。


 そんな音楽室での出来事。佐藤多佳子作『第二音楽室』の感想です。以下、惹句と表題作の書き出しを引用。


学校と音楽をモチーフに少年少女の揺れ動く心を瑞々しく描いた School and Music シリーズ第一弾は、校舎屋上の音楽室に集う鼓笛隊おちこぼれ組を描いた表題作をはじめ、少女が語り手の四編を収録。嫉妬や憧れ、恋以前の淡い感情、思春期のままならぬ想いが柔らかな旋律と重なり、あたたかく広がってゆく。


 第二音楽室は、屋上にたった一つだけある教室だ。隣は体育倉庫。校庭と同じ全天候型のモスグリーンの屋上では、体育や部活をやったり、休み時間に交代で一学年ずつ遊んだりしている。今は授業中で屋上には誰もいない。第二音楽室にいるウチら六人のほかには。六人。たった六人だよ。仲のいい子なんていないし。


 人間関係も音楽も、始まりの予感や、終わりの余韻を感じる時こそ印象深く、そしてドラマが生まれる。友達になれそうな瞬間と、人知れず恋が終わった瞬間に。目と目を合わせ出だしを合わせる瞬間と、演奏が終わり歓声が聞こえるその間の瞬間に。人は強く強く惹き付けられるのだ。


 そんな場面を瑞々しく切り取り、語り手の少女通して描かれる。音楽と人間関係と。自然と重ね合わさりながら淡く、しかし文字から立ち上がる色彩の豊かさはすさまじい。


 表題作「第二音楽室」は小学校五年生が主人公。鼓笛隊にあぶれ、四年生と同じピアニカを吹くことになった六人。その他大多数は特別な楽器を演奏する。金管だったり、打楽器だったり。その中でピアニカを吹く六人はまさしくあぶれ者だ。そして、集まった六人は何の関係性の無かった六人。それが、ピアニカの練習する場所、今はもう使われていない第二音楽室で人間関係が出来上がってゆく。


 小学生らしい残酷さを描きつつ、屈託さが上手に表現されている。秘密の音楽室で秘密の練習。「ぶったたき」なんてゲームはまさに小学生らしい。笑って最後まで演奏できなかったらほかの五人からぶったたかれる。ほかの五人は笑わせにかかる。「れんしゅう」じゃなくて「ゲーム」だ、なんて主人公も述懐している。


 それが結果的に本当の練習になり、何の関係性の無い六人がピアニカを通じてつながっていく。事件が起こり、第二音楽室という「秘密基地」は失われ、ピアニカ六人組の関係性も失われたように主人公は感じるのだけど、卒業式本番、六人はおぼつかない四年生のピアニカ隊を力強く引っ張る六人。


「間違ったら、ぶったたき」
 ふいにルーちゃんがささやき、ニヤッと笑った。


この言葉をきっかけに、六人が、音色がまとまっていく。


 「デュエット」は収録作の中で一番短い作品。急に音楽の先生が実技テストのデュエットで組むペアを、


「せっかく男女で歌うのですから、お好きな方と約束するといいです。これぞと思う方に申し込みをしてください」
「ただし、男性は女性の申し込みを断ったらいけませんよ。三人に申し込まれたら三回歌うようにね」


と、条件をつけたところから始まる。デュエットの申し込みと、恋の告白と、一緒くたにしてしまっている主人公がひたすらに可愛らしい。声を合わせると行為は、そりゃあ、ドキドキしますよね。


 「FOUR」はリコーダー四重奏を卒業式のBGMに演奏するために集められた中学一年生男女四人の物語。僕はこれが一番好きかな。


 先生に言いつけられて集められた四人。何の接点もない四人がリコーダー四重奏を通して友達になり、恋心をも抱いていく。友情のはじまりと恋のはじまりとおわり。それがリコーダーの四重奏をとおして重なり奏でられながら描かれていく。


 読めばわかる。人知れずはじまり、人知れず終わる、恋の淡さが。美しさが。とてもおススメです。


 「裸樹」は収録されている作品の中で一番重い。主人公はいじめから不登校になった女の子だからだ。高校生になったことを機に、嫌われないキャラを演じ、スクールカーストの上位の人間に取り込み刺激しないように過ごす、という日常を送る主人公は、心が壊れたその日に公園で誰かが弾き語りしていた曲を日々耳コピして心のよりどころとしている。


 これまでの舞台と違い、高校の軽音楽部の部室。高校生ということも相まってかなり毛色が違う。読んでいても、描かれる不協和音に胸が苦しい。


 それでも、音楽を機に動き始める予感がする読後感。苦しさの中にも明るさを感じられるのがとても良い。明けない夜はないのだと、押しつけがましく無く、感じられる。


 音楽を通して感じた他人とのつながり。それは想像以上にかけがえのないものだって教えてくれる。音楽の練習はほとんどが苦しい。人間関係も時として苦しいことがある。でも、そんな苦しさを吹っ飛ばしてくれるような瞬間が両者にはある。


 ピアノ、練習したいなあ。

0コメント

  • 1000 / 1000