藤井太洋作「公正的戦闘規範」(早川書房編集部編『伊藤計劃トリビュート』より)感想

 今年(2015年)は伊藤計劃がアツい。

 前に上記記事でも少し触れたが、伊藤計劃の第一長篇『虐殺器官』第二長篇『ハーモニー』、そして遺作となったプロローグ部分を引き継ぎ、円城塔が円城塔が完成させた『屍者の帝国』の劇場公開が今年される(それぞれのPVは上記記事参照)。


 その流れで、早川書房から『伊藤計劃トリビュート』という本が出版された。

 Project-Itoh公式twitterより。マジで分厚い。日本SFを牽引する作家が伊藤計劃に愛をこめて送る極上のアンソロジー。以下、内容紹介引用。


 伊藤計劃が2009年にこの世を去ってから早くも6年。彼が『虐殺器官』『ハーモニー』などで残した鮮烈なヴィジョンは、いまや数多くの作家によって継承・凌駕されようとしている。伊藤計劃と同世代の長谷敏司、藤井太洋から、まさにその影響を受けた20代の新鋭たる柴田勝家、吉上亮まで、8作家による超巨大書き下ろしアンソロジー。


 伊藤計劃作品を直接トリビュートしているわけではない。「まえがき」にてSFマガジン編集長塩澤快浩氏が述べている通り、各作家に指定したテーマは「’’「テクノロジーが人間をどう変えていくか」という問いを内包したSFであること’’」ただひとつである。これは伊藤計劃が生前にサイバーパンクの定義として捉えていたテーマであるらしい。だからこれは伊藤計劃を乗り越えるためのトリビュート企画として捉えたほうがいいように思える。


 ここには、人間とテクノロジーの最先端の関係が描かれています。
 そして、戦争と平和、暴力と調和についての考察があります。
 つまりは、生と死についてのすべてがあります。


 「まえがき」にこんなこと書かれていたら、ワクワクするなという方が無理な話である。


 8作品取り上げられているが、それぞれを別々に感想を綴っていきたい。それぞれ全然関連のない物語だし、全部読んでからまとめて感想を、となると、ひとつひとつが薄まってしまうような気がするからだ。というわけで、巻頭に収められている、藤井太洋作「公正的戦闘規範」。まとまったあらすじは見つからなかったため、書き出しのみ。


 〔’’偵判打(ジェンハンダ)! 全民反恐精英(偵察、判断、撃て! 君も対テロ精鋭部隊員)’’だって?〕
 軽やかな打鍵音に続いて、歯をむいて笑う馬のアイコンから緑の吹き出しが吐き出された。斜め前に座る乞牙愓・巴特尓(キヤト・バータル)だ。彼は、再びキーボードを鳴らして吹き出しを重ねた。
 〔中央政府か、省か、それとも師団かな。とにかく官方手机(グワンファンショウジ、官製スマートフォン)に入ってた手游(モバゲー)だよね。そんなの聞いたことないぞ。下士(シアシ、伍長)の趙・公正(チャオ・ゴンツェン)さん〕
 僕はスマートフォンに浮かぶ返信ボタンをタップして、画面に描かれたキーボードに一本指で返信を打ち込んだ。


 舞台は中国。AIによる無人機での戦闘が当たり前になった近未来。戦闘のあり方、戦争の仕方を問い直す、問題作となっている。


 戦闘には人間に多くの負担を強いる。猟奇殺人の犯人が奇異の目で見られることは、人を殺しても、テレビで映る表情がまるで平気そうな顔をしていることが往々にしてあるからだ。人が人を簡単に殺すことはできない。


 戦闘の技術革新は殺人を犯す距離を延長することと同義である、とデーヴ・グロスマン著『戦争における「人殺し」の心理学』(安原和見訳)で読んだ覚えがある。殴り合いから、道具を持つことを覚え、その道具がだんだん延長され、殺人が行われる場所は手の届く範囲から外れる。素手からナイフ、剣、槍、弓矢となり、銃が発明される。また、戦闘機や戦車など、人の姿を直接認識しないことでも、隔たりが生まれる。殺人からの距離が離れれば離れるほど、人間の持つ同族を殺すことへの忌避感が薄れていくのだという。アニメ「機動戦士Zガンダム」で、主人公のカミーユが敵のモビルスーツを初めて撃破するとき、「あれはただのモビルスーツだ」と自分に言い聞かせていたことがわかりやすい例だろうか。


 そして現在。自国にいながらにして、敵国の敵兵を駆逐することが可能になった。まるでゲームをするかのように。戦争はそんなお手軽なステップへと到達してしまった。


 「公正的戦闘規範」では現在よりもうちょっと進んだテクノロジーが登場する。「兵蜂」と名付けられたそれは完全無人の戦闘用ドローンである。民間人と戦闘員を判別し、戦闘員のみを殺すようにプログラムされたそれは、絶大な制圧力を誇る。人間は操作する必要すらすでにない。


 果たして、そんなテクノロジーが跋扈する戦場は「公正」なのだろうか。「公正的戦闘規範」はそんな問題提起とある解答が付されている。それが正しいことなのかは、読者の一人一人が判断することだろう。


 ちなみに「兵蜂」は冒頭の画像、KONAMIから発売された縦スクロール型シューティングゲーム「ツインビー」の中国読みであるらしい。読み終えた今、それが意味する皮肉に薄ら寒さが止まらない。


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