慌ただしい引越しを終えて生活が落ち着いてきた。さっそく、飯田の地での出来事が「過去」の出来事と自分の中で処理され始めていてそれが悲しい。美化の過程はこのように起こるのだろうし、そのような処理こそが「生活」することのキモなのだろうと思う。「生活」とは「生きる」ことだ。朝起きて、ご飯を食べて、仕事に出かけ、将来のために貯蓄や資産運用や健康への気遣いをして、一緒に暮らす人と一緒に暮らして、排泄をして、掃除をして、ぐっすり寝ることだ。それらはとても素敵なことで、素敵すぎて直視できない。
飯田での4年間、特に後ろ3年間は教員人生で初めての担任を持っていたから、とても思い入れが強い。しかし、もうすでに、その思い出は(そう、もう「思い出」なのだ)砂のようにさらさらとしていて、しっかりとした形を持たないものになりつつある。思い出すには水のような何かを媒介にして無理やり形作るほかない。一人ひとりの子どもの思いの籠もった提出物や、卒業に際してこんなぼくにくれた手紙、個別指導で解きまくった大学の過去問、こんな風なものを眺めることで砂の城が出来上がるが、その「思い出」の砂の城はちょっとずつ波にさらわれ、日向ぼっこをしながら昼寝をしている間に、3月も下旬なのに降る冷たい雨を眺めている間に、新居で暮らすための道具を揃えている間に、いつの間にか形を失っている。残るのは何かぽっかりと穴が空いてしまったような喪失感と、その穴が新しい「生活」によって埋まっていく感覚だ。
ぼくはおめでたい人間なので常に「今」が人生の中で1番素晴らしいと思っている。過去に戻ってやり直したい、とは思わない。でもその代償として、過去の何か大事な出来事を忘れてしまっているような気がしてならない。でも、それでよいのだろう。
春眠し乗り過ごしたる濡れ鼠
しやぼんだま生活の重力からふわり
「さらだば」と名残惜しみて菜種梅雨
春めきて皮剥きひとりでできるもん
飯田での清算と新生活への準備との間で揺れ動いていた時に、おセンチな気持ちのまま詠んでみた俳句たちだが(まあ夏井先生に添削を受ければ「才能ナシ」だろう)、落ち着いてしまった現在、全く句が思い浮かばないし、詠まねば、という必然性もすでに湧かない。だから、この「今」、すでにぼくは前を向いて次のところへ進もうとしているのであろうし、いつの間にかぼくの中で「けじめ」がついたということの証左なのだと思う。いわば、この徒然なる文章はそんなおめでたいぼくへのちょっとした抵抗なのだろう。
ここだけの話、「贈る言葉」の類で忘れ去られる者としての自分を打ち出してきたけれど、本当は寂しいのです。関係が続いてほしいし、続けたい。でも、それと同じくらいさらさらとした思い出でありたい。これも嘘偽りのない気持ちです。ぼくと同じように「生活」をしているうちにキレイな思い出の砂つぶになっていくことでしょう。
卒業生と同じように、ぼくもまた新しい土地でゼロからスタートだ。ぼくの授業を面白いと言ってくれたあの人、国語に関してはぼくを全面的に信頼をしていたと言ってくれたあの人、ぼくが憧れであると言ってくれたあの人、ぼくのおかげだと言ってくれたあの人。あなたは賢いと言ってくれたあの人、異動するのが寂しいと言ってくれたあの人、国語で子どもを惹きつける人はみたことないと言ってくれたあの人。ぼくには本当に過分な言葉を贈ってくれたみなさんを含め、ぼくと飯田で関わってくれた全ての人が、元気であってほしいなと思う。飯田での経験はこれからの人生の励みです。
この記事を、未来で砂をかき集めるきっかけとなることを祈って残します。この記事を読むたび、きれいなお城が立つでしょう。そしてまた砂に戻っていくでしょう。「生活」からたまには離れて、戻ってきたいと思います。
以下は学級通信卒業式号。記念に貼り付けておきます。
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