小川一水作『天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ』感想

 あと約一カ月で新年度、みなさんいかがお過ごしですか。僕は卒業を間近に迫ったこの時期に、卒業のかかる単位認定試験・インフルエンザ・教育実習・初任者研修と怒濤の2月を送っておりました。まったく気の休まらない2月。人生最後のお休み期間。なんでこんなに辛いんだと、どこに発散すればいいのか分からないこのもやもやっぷり。助けてください。


 社会に刃向かう、、、すなわち、革命。この甘美な響き。強固に制度が作られてしまっている今、なかなか実際には革命を起こすことができないからこそ、フィクションの中にそれを求めてしまうのかもしれない。というわけで、小川一水作『天命の標Ⅰ メニー・メニー・シープ』の感想です。


 その先に、なにが待っていようとも。


 以下、あらすじと冒頭引用ですよ。


西暦2803年、植民星メニー・メニー・シープは入植300周年を迎えようとしていた。しかし、臨時総督のユレイン三世は、地中深くに眠る植民船シェパード号の発電炉不調を理由に、植民地全域に配電制限などの弾圧を加えつつあった。そんな状況下、セナーセー市の医師カドムは、《海の一統(アンチヨークス)》のアクリラから緊急の要請を受ける。街に謎の疫病が蔓延しているというのだが……小川一水が満を持して放つ全10巻の新シリーズ開幕編。


「カドム、はやくはやく、はやくーっ!」
「待て、アクリラ、まだ靴が……」
 朝もやのただよう早朝の街角に、少年の切迫した呼び声が響き、どたどたと無様な靴音が後を追う。

「靴なんかどうでもいいでしょ!さっさと来てよ!」

「どうでもいいことがあるか!このっ、絡まってやがる」


 地球ではない植民星のメニー・メニー・シープが舞台。地球から宇宙船で飛び出し、何光年も旅する技術を持っていた人類であったが、メニー・メニー・シープに着陸する際に、乗ってきた宇宙船・シェパード号の中で争いが起こり、シェパード号はメニー・メニー・シープに不時着することになってしまう。そのとき、大半の科学技術は失われてしまった。


 なので、メニー・メニー・シープの文明レベルは産業革命すぐ後くらいにまで後退してしまっている。そのなかでも過去の遺物として、レベルの高い科学技術の産物があるものの、その修理や、大量生産をする術は失われてしまっている。


 そんな中、メニー・メニー・シープは電気が全てであったが、その電気を生み出すもとはシェパード号のみであり、それを管理する臨時総督府にメニー・メニー・シープの住民たちは規制をされている。シェパード号の発電炉不調を理由に配電制限を強いているのである。それは、生活が立ちゆかなくなる一歩手前まで制限が強められるようになった。


 それをなんとかしようと行動するのが医師・カドムと《海の一統(アンチヨークス)》の次期航海長アクリラの主人公二人組である。カドムは臨時総督府にいる甲板長、ユレイン三世への直訴を通して、アクリラは新天地を求めて、とアプローチの仕方は違うものの、最終的に臨時総督府を打ち倒す、という方向で一致団結する。


 《海の一統》が住むセナーセー市を中心に、植民地に存在する街と協力し合いながら、臨時総督府を打ち倒していくその様子は、ただ単純にスカッとする。しかし、街同士の不信や、連絡係を務めるカドムへの強硬的な交渉など、政治的な様子もしっかりと描かれていることはお見事。革命は生半可なものではないこと、夢物語のようにすんなりするものではない、ということが伝わってくるといったものだろう。


 大きな筋としては、革命の物語ではあるのだが、本作の魅力はこれだけではない。これはれっきとした”SF”なのである。SFの難点として、分かりづらい専門語が多く出現し、それに対する説明が一切ないまま物語が進んでしまい、専門語を追いかけるだけで手いっぱい、これはつまらんとなるか、その専門語を説明する文ばかりで物語に没入することができず、これはつまらん、となるパターンが見受けられる。まあ、こればかりは慣れだと思うのだけれど。本作の場合は、分かりづらい専門語が多く出現するものの、あまり気にならない。専門語を十全に理解していなければ話の筋が追えない、というストーリー展開ではないのだ。


 いままでの文章の中にも出ている《海の一統》や、シェパード号、甲板長など、ほかにも、《恋人たち(ラバーズ)》、《石工(メイスン)》、《ダダー》、《咀嚼者(フェロシアン)》、冥王斑、外側の謎の建設現場、などなど、SF的な意匠が数多く出現する。それらに関して、簡単な説明はなされるものの、だからどういうことなのか、までは明らかにされないのである。


 それでも、『メニー・メニー・シープ』を読むうえでは全く困らない程度の説明であり、物語の興を削ぐような説明であり、そのバランスは非常に良い。だから、気軽に手に取ってもらいたい。


 いうなれば、『メニー・メニー・シープ』は何も始まっていない。背景がまったく分からないからだ。しかし同時に、何もかも、終わってしまっているのだ。「一巻のためのあとがき」にあるように、「ちょ、おいィ!?」と小川さんの想定通りに叫んでしまった(心の中でね)。『メニー・メニー・シープ』はこの後つながる全10巻の壮大なストーリー『天冥の標』シリーズの伏線が幾重にも張り巡らされている。


 みんなで飛び立とうじゃないか、壮大すぎる『天冥の標』のサーガに。

 まだ教育実習が終わらない。社会に抗うのは大変だから、心の中で悪態をつくぐらいにしておきます。でも、そんな雰囲気が、本作で揶揄されているのも事実。しかし、行動を起こした結果があんな結末であることを考えると、考えることは多くあるようだ。


 『天冥の標』シリーズについて、熱くおススメしている冬木糸一さんのブログがある。読みたくなること間違いなし!リンクを貼っておきます。僕の読むよりよっぽどいいような気がします笑

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