指宿の日の出から、
志布志の月。
そして大阪の太陽へ。
移動が主だといっても過言ではない旅であったわけだが、移動の疲労は心地よい。自分の身体がちゃんと別の場所へと移動しているということ。この厳然たる事実はおそらくとっても貴重で、移動に伴う危険はぼくたちを「リアリティ」の世界から引き上げてくれる。路面の石を踏み大きく揺れるバス、轟音とともに大変なGと浮遊感を与える飛行機、風呂に入る時も寝る時もご飯を食べる時も常に揺れている船。すべて危険のサインであって、ぼくたちの身体は冷や汗をかいたり、酔って気持ち悪くなってしまったり、それらすべてが拡張現実(AR)や仮想現実(VR)や画面の向こうやなんやらからそこら中に危険が転がっている「リアル」へと戻してくれる。
鹿児島の知覧から行きだけの燃料と爆弾を積み、開聞岳を横目に沖縄へ出撃していった学徒兵の身体は。わずか一枚のガラスを隔てたコクピットの外側に轟轟となる大気。がたがた揺れる機体。そして命を「散らす」ほかない残酷な運命。
密封されたクリア・アクリル。
足元には海水。
周期の長い波。
夜空のパノラマを、僕は一晩中見ていたんだ。
機体は波に揺られ、まるで揺り籠のようだった。そう、僕は子供なのだ。
そして、これは棺桶。
久しぶりに、「悲しい」を思い出して、僕の目から水が滲み出た。とても珍しいから、僕は思わず笑ってしまった。
どうしてコクピットを開けなかったかって?
たぶん、死ぬときは、何かに包まれていたかったのだ。
生まれたときのように。
そんな死に方が、僕の憧れだから。
――森博嗣『スカイ・クロラ』より
戦闘機のコクピットは棺桶に擬せられる。そして特攻隊のコクピットは擬せられたものではなく正真正銘の「棺桶」であった。
知覧特攻平和会館には特攻隊員の遺書や手紙、日記などが生のまま保管されていて閲覧することができる。目につくのは紋切り型の言葉たち。「天皇のために死ぬ」「お国のために死ぬことこそが最初で最後の孝行である」「桜のように命を散らす」…… 多少の異同はあれど、それぞれ違う身体を持つ人間であるはずなのに、一番最後にしたためたと思われる文章はみな同じようなものだった。当時の検閲の厳しさを読み取るべきなのだと思う。彼らは何のために戦い、命を捨てたのか。死の気配が充満したその基地で、コクピットで何を考えていたのか。
桜島は圧巻だった。僕の今立っているその真下に今にも吹き出しそうなマグマが渦巻いていると想像するとドキドキした。僕の真下に死の予感がある。それは地震のそれよりもとても現実だった。
鹿児島市街地は桜島を鹿児島湾の向こう側に望む場所にある。そこは桜島の圧倒的な死の予感が捨象されていて、危険が注意深く取り除かれた都会だった。鹿児島市街地と桜島を見渡すことのできる高台へ歩いて登った。保育園児がお散歩していて大きな「こんにちは!」がこだましていた。頬が緩むほどどうしようもなく平和だった。
軍服姿の西郷隆盛が見守る街、鹿児島。大久保利通など日本の近代化を果たすべく奔走した偉人たちを輩出した場所。西洋化を目指したことを象徴するように僕たちを出迎える鹿児島の偉人はみな軍服を着ていた。がむしゃらな近代化のための西欧列強に追いつけ追い越せの富国強兵政策、明治憲法による天皇の神格化の1つの帰結が特攻隊をはじめとした玉砕作戦の数々であったことに思いを馳せる。海を隔てた向こう側に死の予感を追いやり、僕たちは平和な夢を見る。
京都・二条城。システマティックに順路を敷かれ誘導されるがまま歩く僕たち。
USJ。制服、マリオ、ホグワーツ。
また夢をみましょう。おかえり、おやすみ。
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