昨日(7/9)公開、『インデペンデンス・デイ:リサージェンス』(以下『Ⅱ』)を見てきました。1996年公開の『インデペンデンス・デイ』(以下『Ⅰ』)を金曜ロードショーか、土曜プレミアムか地上波で見て、幼心に興奮したことを覚えていまして、その続きってたら見るしかない!
人類が恐るべき侵略者を撃退し、宇宙における独立を高らかに宣言した記念すべき日から20年。きっと奴らはまたやってくる。その来たる時に備え、地球防衛システムを構築した人類の備えは完璧のはずだった。しかし再び襲来した侵略者は、はるかに想像を超える巨大化と進化を遂げていた……!空前のディザスター映像で大反響を呼んだメガヒット作『インデペンデンス・デイ』の新章が、別次元のスペクタクルを創造した革新的な超大作として完成。世界中のランドマークを破壊し尽くす侵略者の脅威の前に、もはや滅亡寸前の人類に起死回生の策はあるのか。そう、20年前の激闘は序章であり、警告にすぎなかった。地球が、そして宇宙が震撼する〈映画史上最大の決戦〉を目撃せよ!
――『インデペンデンス・デイ:リサージェンス』公式サイトより
……正直、期待外れでした、、、
以下、ネタバレも含みます。感想です。
まず、でかい円盤型の浮遊物体。物理法則が完全に無視されているのに、飛んでるところにロマンを感じる。
似たようなものは(規模は違うけれども)これまでの作品にもあって、
WiiUソフト『ゼノブレイドクロス』の敵、「ズ・ハッグ」
OVA『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』に登場するMA、「アプサラス」シリーズ。など。
いや、かっけーすな。『Ⅱ』の「マザーシップ」のでかさはユーラシア大陸をすっぽり覆うほど。スケールがでかすぎる!!
なんだけれども、なんで楽しめなかったのか。
一番は脚本である。
スケールのでかさは認める。しかし、そのスケールのでかさが活かされていないと思う。
でかすぎる宇宙船への絶望感、打つ手なしの感覚。それは『Ⅰ』の展開を踏襲したもので、『Ⅱ』でもしっかり存在する。しかし、映像がよりリアルで過激に、そして宇宙船がめちゃんこでかいにもかかわらず、『Ⅱ』は絶望感を上手に私たち視聴者に与えられていないのだ。
なぜか。それは『Ⅱ』が「地球が侵略されている」という感覚を視聴者に与えることに失敗しているからだ。
『Ⅰ』ではその感覚を与える工夫として、宇宙船を各国の歴史的建造物(ひいてはその国を表す建造物)の上に待機させ、カウントダウンに合わせて一斉に攻撃する(しかも未知のレーザー攻撃!)という演出が見られた。これにより、その国のアイデンティティが侵略者に破壊され、それが全世界的に起こっているのだから、地球のアイデンティティをも破壊されようとしているという印象を抱かせることができた。
実際に破壊されたことが映像で示されるのは、NYのエンパイア・ステート・ビル、ワシントンDCのホワイトハウスぐらいだけれども、それでも、国が壊れていくあの絶望感、あれは筆舌につくしがたい。(小説版によると、日本には皇居の上に位置していたらしい)
カウントダウンで一斉攻撃なので、しばらく象徴となる建造物の上空に待機することになる。その間もいい感じで、人びとの期待と不安を上手に表せていたと思う。
翻って、『Ⅱ』ではどうだったのか。
これは特別予告編だけれども、ここで見た通りの感じである。つまり、今どこを破壊されているのかが、すごい分かりづらい。始めは中国でその次はロンドンなんだろうけど、壊されるまでの溜めもなく、ただどっかんどっかん壊されていく街ってなもんで、確かに迫力はあったけれど、勢いだけしか感じられなかった。敵さんの技術に翻弄されて打つ手なし、という絶望感はあったけれど、絶望感の与え方は『Ⅰ』の方が一枚上手と言わざるを得ない。
どうしても、勢いだけになると『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』が頭をちらついてしまい、比較してしまう。
やたら「やったか!?」「いやまだだ!!」っていう展開があってクライマックスの場面もまだ「やれてないだろ」っておもっちゃって不完全燃焼だったし、結局一番最後は怪獣退治だったし(あのでかい飛行船をどうにかすることにカタルシスを感じたかった)、現アメリカ大統領はポンコツで大統領の威厳なんて皆無だし、ホイットモア大統領のカリスマ溢れる演説も途中あるけど、人の少ない格納庫の中でちょろっとするだけだし、そのホイットモア元大統領も「やったか!?」「いやまだだ!!」の展開に飲み込まれて最期はあっけないし、『Ⅰ』で出てくる酔いどれおやじのようなカッコよさもあまりに少なく、唯一カッコよかったのはホイットモア元大統領の娘に対するセリフ「世界を守るためじゃない、おまえのためだ」と戦闘機越しで会話するところだけど、それが物語の結末と直結しないので、見終わった後印象に残りづらいし、エトセトラエトセトラ……
一番気に入らなかったのは、侵略者たちより高度の文明を持つ異星人が味方として登場するところ。それやっっちゃったら何もかも台無しなんじゃないかと思う。
地球の遅れた文明レベルでより高度の文明に頭を使って立ち向かう、ってのが筋でしょ。高高度文明の助けがあっては興奮が半減してしまう。
『Ⅰ』のほうがおもしろいと思います。もちろん、『Ⅰ』のアメリカ中心主義は鼻に尽くし、筋書きが安易だ、という批判は正しい。しかし、前述した我々への絶望感の与え方の他にも、最後の出撃前のホイットモア大統領の名演説、人生の落伍者、酔いどれおやじラッセルの身を賭した特攻による勝利など、見どころはたくさんある。
『Ⅱ』見た後に我慢できなくて『Ⅰ』をレンタルで見てしまった。エメリッヒ監督は2部作を構想しているようですが、厳しいと思います。
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