「ペルソナ5」をプレイしたすぎて、PS4を買ってしまっていた。100時間で一周し、堪能したと思っていた矢先、10年ぶりの新作が「FINAL FANTASY」から出るってんで、買わなければという義務感に駆られた。だから買っ(てしまっ)た。期待度は高かったが、、、
以下、あらすじとトレーラーです。
王国ルシスと、帝国ニフルハイム――
長きに渡った二国間の戦争が終わろうとしていた。
停戦協定の調印式を数日後に控えたルシスの王子ノクティスは、友人と共に王都を発つ。
和平の証として、帝国属州テネブラエの令嬢ルナフレーナと結婚式を執り行うことになっていた。
しかし調印式当日、ニフルハイムはルシスを裏切り王都を襲撃する。
ラジオの宝刀はルシスの象徴であった『クリスタル』が帝国の管理下に置かれたことと、
ノクティスの父である国王レギスと婚約者のルナフレーナ、
そしてノクティス自身の不法をしきりに伝えていた。
故郷の平和が一夜にして崩れ去り、ノクティスには三人の仲間と父の愛車だけが残された。
情報が錯綜する中で、それだけが確かな現実だった……
今作、一応最後までプレイして感じたことは「オープンワールドにおけるシナリオ作成の難しさ」である。僕自身、いわゆる流行りの”オープンワールド”というゲーム形式に多く触れていないので(具体的にはWiiUソフト「ゼノブレイドクロス」のみ)、底が浅いのは重々承知で言わせていただきたい。
「FINAL FANTASY XV」は”オープンワールド”にするべきではなかった。”オープンワールド”を採用したのは失敗である。
まず、”オープンワールド”とは、wikipedia先生にお尋ねすると、
オープンワールド (Open World) とは、英語におけるコンピュータゲーム用語で、舞台となる広大な世界を自由に動き回って探索・攻略できるように設計されたレベルデザインを指す言葉である。
と説明されている。まあ、つまり、ゲームを起動し、そこに見える景色の場所に”行ける”っていうのがざっくり”オープンワールド”でよいのではなかろうか。
まるで、現実世界みたいですよね。
このゲーム形式は海外から輸入され日本に広まったものだが、それ以降、日本のゲーム(特にロールプレイングゲーム)は「一本道ゲー」と揶揄されることが多くなった。「広大な世界を自由に動き回」れず、広大な世界が広がっているかのように錯覚させて無駄を排すとまるで「一本道」のようだ、というところから。
たしかに、日本のゲームには「一本道ゲー」が多い。それは僕も感じる。しかしだからこそ、日本製のゲームは「シナリオ」に重きを置いてきたのではないか。「一本道」であることを、絵で視覚的に偽装するだけではなく、物語にプレイヤーを没入させることでも偽装してきたのではなかったか。
主人公の苦悩、成長、仲間との出会い、そして倒すべき敵との邂逅。主人公の一挙手一投足に僕たちプレイヤーは一喜一憂し、ともに成長する。これらが可能なのは、キャラクターの掘り下げ方が工夫されているからであり、すなわち、物語(シナリオ)を練りに練っているからだと思われる。その工夫の中で最も大事なのは、情報が開示される「タイミング」だろう。
「一本道」の時はゲーム制作者がエピソードを挿入するタイミングを自由にコントロールできた。プレイヤー(=主人公)にとって一番衝撃的なタイミングに。そしてそれがそこまでのシナリオと矛盾しないように。隅々までゲームがコントロールされている時、僕たちはそのゲームに夢中になる。没入する。
そういったゲームを「一本道ゲー」と揶揄されるのは僕は鼻持ちならない。
安心と信頼の「ファイナルファンタジー」シリーズも、隅々までコントロールされているゲームであったはずだ。だからいろいろ物議を醸してきたのではないか。
しかし本作ナンバリング「XV」は、中途半端さが残った。
その一つの要因は”オープンワールド”を採用したことであると僕は考える。
”オープンワールド”形式ではゲーム制作側がエピソードを挿入するタイミングをコントロールすることができない。なぜって、プレイヤーが「自由に」動き回れるからだ。だから、何かを印象づける適切なタイミングにエピソードを植えつけることができない。
結果どうなるか。ノクティスがどっからどう見ても甘ちゃんボンボンのクソ野郎なのに親友ともいえる男が三人、そして彼を好意的に思っている女性が少なくとも二人いる、その理由が明かされずイライラする。ちっとも成長する気配のないノクティスにイライラする。「急に」怒るグラディオラスに置いてけぼりを食らう。
すなわち、断片的に挿入されるエピソード一つ一つが全然納得できなくなる。
悲しいもので、一回こういうことを考え付いてしまうと揚げ足を取るように悪いところばかりが目についてしまう。気になったところを挙げ始めてしまえばキリがないし、野暮なのでしないが、
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こうなってしまうのも分かってしまうのが悲しいものだ。
そもそも、国が襲われ、その国の王子が国を救うための物語であることがあらすじやトレーラーからもうかがえるが、一刻を争う事態ではないのか。「オープンワールド」で「自由に歩き回」っている暇があるのか。呑気に車で観光している場合なのか。
「オープンワールド」にこだわり、いままでの良さ=シナリオの重厚さを捨てたのにもかかわらず、後半部分、まさしく「一本道」と揶揄されても仕方のないダンジョンが続く。そういった部分にも中途半端さが見受けられてしまって、僕はとても残念だった。
最後の最後まで主人公のノクティス君が王らしくならなかったこと、いつまでも甘ちゃんボンボンだったこと、非常に悲しく思います。
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