岸本佐知子『死ぬまでに行きたい海』感想 東小金井

 発展が目覚ましい。まあ、国分寺ほどではないけれど。中央線で都心へ一本だが、新宿まで30分ほどかかるというアクセスがいいだかわるいだかわからん中途半端な立地の東小金井は、その中途半端さゆえに都会でもなく田舎でもなく、いやむしろ都会でもあり田舎でもあった。そんな東小金井の中心地(東小金井駅)から武蔵小金井方面のはずれのほうへ15分ほど歩いた(遠い)ところにある/あったのが、ぼくが4年間も(!)生活した信濃寮である。

 「信濃」の名の通り、長野県出身の上京をした人向けに東京での居住スペースの確保をその任務とする。なかにはなぜか新潟県の上越出身の上級生もいたような気がするが、まあ気のせいだろうと思う。真白い立方体の組み合わせでできたその建築物は、見た目は非常に無機質で、廊下も「リノリウムのキュッという音を響かせ歩く」みたいな雰囲気であり(実際廊下がリノリウムであったかは不明である)、有体に言えば、鉄筋コンクリートで作られた地域性の皆無な量産型の小学校、といった趣である。ただ、ぼくが通っていた小学校に雰囲気が似ていただけ、という可能性は否定はできない。

 ひとりひとりに配当される部屋は四畳半。プラス一畳分の収納スペース。ぼくの配当された部屋の収納スペースの壁面には、その部屋で過ごしてきた先人たちの出身高校・在学大学・学部・学科・名前が記されていた。共有便所の目の前でよくゴキブリが侵入し、西向きにしか窓がなく、その窓の向こうは竹が威勢よく生えているため一日中どこか暗いこんな部屋によくもまあこんなに先人たちがいたものだと感心する。もちろん、ぼくも卒寮に際し、収納スペースの壁面に署名した。

 風呂と食堂は共用であり、入室の際には「オシズカニ~」と言って入る。そうすると「アリガト~」と返事が来るので「オハヨウゴザイマス~/コンニチハ~/コンバンワ~」のうちどれかを選択する。「オシズカニ~」とは長野の方言らしいのだが、長野に18年暮らしていて一度も聞いたことがなかった。しかも「オシズカニ~」と言っている寮生のだれもが意味を把握しておらず、なぜ自分が入室の際に「オシズカニ~」と言っているのかわからないのである。伝統の形骸化の良い例として紹介しようと思う。唯一の大人が食堂の食事を提供してくれる方だったが、「オシズカニ~」とは一体何なのか、気になっていたかいなかったか。おそらく気になっていなかったと思う。

 上記のあいさつの仕方を皮切りにこの寮の一員と認められる(誰に?)ためのイニシエーションが数多くあり、入寮して半年間は「試用期間」だ。入寮して半年後、寮祭という信濃寮きっての一大行事(しかし、内輪で外への広がりは一切ない)があり、それを乗り越えてこそ「真の信濃寮生」となる。そんなものには別に望んでなりたくはないのだが、そこで食って寝ているのだからなるしかしょうがない。その準備期間は3週間(!?)あり、そこで試用期間の寮生たちは疲弊し精神的に摩耗し、やがて酒と煙草に逃避する。なるほど、清く正しい嗜好品との付き合い方である。追加効果として学校へも行かなくなる。いや、行けなくなるの間違いだろうか。その期間、食堂で出されるカレーをスプーン一杯食べたらおなか一杯になった、という驚きの省エネ稼働をしていたぼくは入寮時からマイナス8キログラムを記録した。

 秋葉原の歩き方、コミックマーケットの歩き方、麻雀卓の囲い方、雀荘への入り方、酒の注ぎ方飲み方、タバコの吸い方、競艇の仕方、パチンコ・スロットの打ち方、徹夜の仕方、寝坊の仕方、ただ時間を無為に過ごす方法、下ネタとの付き合い方、エトセトラエトセトラ……。本当にろくでもないことばかりを教わったような気がする。高校生の時の自分と寮で調教された後の自分には断絶があるとしみじみ思う。どちらが本当の自分であって、どちらが自分にとってよかったのかなんて考えるのも詮無いことだ。野暮ですらある。

 そんなろくでもない信濃寮が閉鎖になるという。僕がいなくなったあと、すぐ近くにはコンビニが建ち(ぼくの時には歩いて15分歩かなければなかった)、隣の造園所は土地を売ったらしい(ということはぼくの住んでいた部屋の窓からは竹がなくなっている?)。

 栄光の架橋を歌いながら自分の頬っぺたと叩いてくっそ滑ったり、松岡修造のマネを新入寮生一発芸でやってオチがつけられず地獄のような時間を過ごしたりしたあの食堂の仮設の舞台も、天高く透き通る秋空の下で青空麻雀をしたベランダも、窓から吹き出し花火をし、外の木に着火、危うく大火災になるところだった出火元の幹事会室も、しっかり風呂掃除にしているのにもかかわらずアリンコがわき、肌に赤いぽつぽつができる湯船も、東京なのに信濃寮だけ断水が起き、その原因を探るため毎日チェックした水槽も、初日の出を見るために上った、柵など一切ない屋上も、ぼくが収納スペースの壁面に署名した部屋も、全部全部、なくなってしまうらしい。

 「死ぬまでに行きたい海」ではなくもう「死んでも行けない海」になってしまう。

 佐村河内のコスプレをして、上級生たちが店で飲んでるところに乱入、野球拳をして負けた方がしこたま飲むという儀式が終わった後、ぎりぎり酔いつぶれていないコスプレ5人衆は雪の積もった道路にレモンシャーベットを精製しながら寮に帰った。そんなしょんべんみたいなろくでもなさが、たぶん大事なのだ。

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